シミュレーションアプリで電子機器故障の根本原因を特定
デンマーク工科大学 (Technical University of Denmark, DTU) の研究者たちは, シミュレーションアプリを活用して腐食を予測し, その影響を低減または許容できる電子機器を設計しています.
Joseph Carew 著
2026年5月
電子機器の故障: “問題は熱ではなく, 湿度”
自動車の電動化や再生可能エネルギーシステムでは, エネルギーチェーンのあらゆる段階で電子機器が使用されています. 図1に示すプリント基板 (PCB) の例のように, こうした電子機器が湿気の影響を受けると, 故障につながる潜在的な弱点となる可能性があります. “エネルギーを生産, 変換, 輸送, 利用するあらゆる場所で, こうした大電力電子システムが必要になります. そして, それらは湿度の影響を受けます” と DTU の教授であり CELCORR のマネージャーを務める Rajan Ambat 博士は説明します. 周囲の湿気は, これらの電子機器を必要とする装置や機械の内部に侵入し, 腐食を通じて予期しない機能障害を引き起こす可能性があります. 特に, 風力発電所, データセンター, 電気自動車, サーバーファームなどの高電圧用途で使用される電子機器では, 湿気への曝露による故障が火災につながることさえあります.
“海岸付近や湿度の高い地域に太陽光パネルを設置した場合, 短期間のうちに電子機器内部に故障を引き起こす条件が形成されることがあります” と Ambat 博士は言います. “そのため, 結露が生じやすい条件がどのように形成されるのか, いつその条件が成立するのか, システムがどのように故障するのかを正確に理解する必要があります.”
腐食を電子機器故障の根本原因として特定することは, 現在でも容易ではありません. “現在, 電子機器の故障の 50% は, 原因不明として分類されています” と Ambat 博士は説明します. “技術者がシステムを開けて調査しても, その故障が腐食によるものだと気づかないことがあります. なぜなら, ECMによるデンドライト形成が起きていない限り, 湿気は腐食の痕跡を残さずに消失してしまうからです.” こうした認識不足は, CELCORR 設立の大きな動機の一つとなりました. 同センターは, 設計段階で湿度に関連する問題をより正確に予測できるよう, パートナー企業・組織を支援する補完的なツールとして, マルチフィジックスシミュレーションを活用しています.
PCBにおける水分のモデル化とパラメーター変化の測定
CELCORR は, 電子機器の故障を特定して回避する最善の方法は, 腐食の発生をより効果的に防止できる設計, またはより高い湿度負荷に耐えられる設計を構築することだと考えています. 同センターの研究チームは, モデリングに関する専門知識を活用し, パートナー企業が耐湿性の高い安全な設計を評価するためのシミュレーションアプリを開発しています.
“私たちは, 材料科学と電子機器産業が交わる領域で活動しています. 材料分野と電子工学分野の橋渡し役として, 両方の専門用語を使いながら研究を進めています” と CELCORR のポスドク研究員である Anish Rao Lakkaraju 博士は述べています.
潜在的な設計上の問題を理解するためには, システムを仮想的に分解し, 問題がどこで発生する可能性があるかを特定することが重要だと Ambat 博士は強調します. “設計の潜在的な用途を解析し, 新しい設計が良いものか悪いものかを判断するためには, シミュレーションソフトウェアが必要です” と Ambat 博士は述べています.
CELCORR の研究チームは, ほかの研究パートナーであるオールボー大学 (Aalborg University) と協力し, COMSOL Multiphysics® ソフトウェアを用いて調査を行いました. 研究チームは, 試験用回路基板と, パートナー企業の1社が使用しているデバイスの設計の両方に対応する, 単純なPCBジオメトリを持つサンプルモデルを構築しました. 次に, 相対湿度を表現するため, その上に水膜層を追加しました. これにより, さまざまな条件を加えることが可能になりました. “条件に応じて, レイアウト, ジオメトリ, 電極間距離, 水膜の厚さ, 水膜の導電率を変更します” と Ambat 博士は説明します.
Ambat 博士と研究チームは, これらの変化が及ぼす影響に関するデータを生成し, どの要素がデバイスの性能に最も大きな影響を与えるか, また, どのような変更によってデバイスの耐腐食性を向上させられるかを特定できます. “電子機器表面に結露が形成されていると仮定し (図2), さまざまな設計要素について電気化学的な漏れ電流を計算します” と Ambat 博士は説明します. “部品間で計算された電気化学電流の値から, PCBが影響を受けるかどうかを判断できます.”
設計要素を変更し, シミュレーションを繰り返すことで, 研究チームは, どのような要因が効果的な設計につながるかをより深く理解できます. “現在, モデルは現行の形に到達しており, この段階での物理現象の再現精度には非常に満足しています” と Lakkaraju 博士は述べています. しかし, このモデリングは, 電子機器における腐食の破壊的な可能性と, それを回避する最善の方法を明らかにするという CELCORR の包括的な目標の, 最初の一歩にすぎません.
シミュレーションアプリを用いた実設計の検証
これらのモデルを広く利用可能にし, アクセスしやすくするため, CELCORR は COMSOL Multiphysics® のアプリケーションビルダーを使用して, 産業コンソーシアムのメンバー向けにシミュレーションアプリを作成しました. これらのアプリは, 互いに逆の電位が印加された2つの電極と, 腐食の原因となる水分を再現する水層を備えた, 単純な3D回路基板ジオメトリを基に構築されています. ユーザーがモデル入力を変更できるよう, 機能を絞った分かりやすいインターフェースが提供されています. “私たちは基本的な要素に重点を置きました” と Lakkaraju 博士は述べています. “パートナー企業が抱える幅広い懸念を整理し, 非常に単純なジオメトリと, 複数のパラメーターにわたって変更可能な基本要素を備えた2つのアプリを作成しました.”
図3および図4に示すシンプルなシミュレーションアプリは, さまざまなパラメーター条件の下で, 電極間距離と水分層の厚さが, 水膜を流れる漏れ電流にどのような影響を与えるかを企業に示すために設計されています. 複数の設計要素とパラメーターを解析することで, ユーザーは特定の設計要素が耐湿性にもたらす相対的な利点を評価できます. “私たちが構築したアプリは, 電子機器エンジニアが直感的かつ簡単に利用できるため, 非常に役立っています” と Lakkaraju 博士は説明します.
“このアプリ [図 3] を使用することで, 企業はこのような変数を自由に変更して検討できます” と Lakkaraju 博士は付け加えます. “これを実環境で再現することは非常に困難です. 私たちが協力している企業は, このアプリが提供する精度に非常に満足しています.”
今後の展望: 複雑な高電圧モデリング
CELCORR は, 産業コンソーシアムとの共同研究と並行して, 腐食が電子機器に及ぼす影響について, 世界全体の理解を深めるための取り組みも進めています. その一環として, Ambat 博士と研究チームは, モデルのさらなる複雑化を含む複数のプロジェクトに取り組んでいます. 現在構築中の第三次電流分布モデルでは, 第二次電流分布モデルで使用される各基本入力をさらに細分化し, それぞれの基本入力を構成する, より詳細な入力群の影響を詳しく調べています.
“次の段階では, これらの詳細な入力がそれぞれどのような影響を及ぼすかを調べます” と Lakkaraju 博士は述べています. 特に, 研究チームは物質輸送特性と化学反応の速度定数の寄与を調査しています.
こうした継続中の研究に加えて, CELCORR は研究範囲を拡大し, 大電力・高電圧システムにおける腐食の調査も進めています. グルンドフォス財団 (Grundfos Foundation) から2024年に助成金を受けたことで, CELCORR は CRED (Centre for Climate Robust Electronics Design) を設立することができました. 同センターでは, 現在の高電圧・大電力電子機器に求められる耐湿性要件に対応するため, 実験設備と専門知識の整備を進めています. “CELCORR が有する材料と腐食に関する独自の深い理解を活用することで, 根本原因を特定し, 環境に対して堅牢な設計に必要な知見を提供できます” と Ambat 博士は述べています.
CELCORR は, すべての研究において, COMSOL Multiphysics® ソフトウェアの柔軟性を引き続き活用しています. Lakkaraju 博士は次のように説明します. “材料, ジオメトリ, パラメーターのさまざまな組み合わせに合わせてモデルを適応させることができ, さらにそこからモデルを継続的に発展させられる点は, 非常に優れています.”
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