MRI 装置における医療機器の高周波誘導加熱について

患者に埋め込まれる医療機器は, 磁気共鳴イメージング (MRI) 環境下での安全性と適合性を考慮して設計する必要があります. 医療機器開発研究機関である MED Institute は, 計算モデリングとシミュレーションを用いて, MRI システムにおける機器の RF 加熱を解析しています.


Dixita Patel 著
2022年9月

MRI (磁気共鳴画像装置) は, 全世界で年間 8,000 万件以上の検査が実施されています. MRI にはさまざまな形や大きさのものがあり, 磁場の強さで識別されます. テスラとは静磁場強度の単位で, 0.55 テスラ (T) 以下のものから 3T 以上のものまで, さまざまな種類のスキャナーがあります. 金属製の医療機器を埋め込んでいる患者さんにとって, MRI システムから発生する強い磁場は, いくつかの安全上の懸念をもたらす可能性があります.

例えば, 高出力磁石は力やトルクを発生させるため, インプラントが移動し, 患者に危害を加える可能性があります. また, 空間定位に使用される MRI システムの勾配コイルは, 勾配による加熱, 振動, 組織への刺激, 機器の誤動作を引き起こす可能性があります. 最後に, MRI システムの大型高周波 (RF) コイルは, 導電性のインプラントを電磁気的に共鳴させ (“アンテナ効果” と呼ばれる), RF による加熱を引き起こし, 患者を火傷させる可能性があります (文献1).

医療機器業界の総合的な受託研究機関 (CRO) である MED Institute は, マルチフィジックスシミュレーションを使用し, MRI スキャンを必要とする患者さんの医療用埋め込みデバイスの RF による加熱の影響をよりよく理解しています (文献2).

図1. MED Institute Inc. のエンジニアは, MRI 環境での医療機器の安全性を評価するために物理的な MRI テストを実施しています.

医療機器の標準的な試験方法

MED Institute は, 製品開発サイクル全体を通してサポートを提供しています. その MRI セーフティチームは, MRI 環境下での安全性とコンプライアンスについて, 医療機器の評価と物理的テストの実施をメーカーに支援しています (図1). また, 医療機器の開発を監督する FDA (米国食品医薬品局) と連携し, 安全かつ効果的な使用を実現します. さらに, 米国材料試験協会 (ASTM) や国際標準化機構 (ISO) の規格を遵守しています. 具体的には, ゲルファントム内の医療用インプラントの RF による発熱を測定する ASTM F2182 規格 (図2) や, MRI 中に電気的に活性な植込み型医療機器 (AIMD) を評価する ISO/TS 10974 規格に準拠しています.

テストに使用するゲルファントムは, 長方形のアクリル容器に, 平均的な人体組織の熱および電気特性に近似した導電性ゲルを充填したものです (文献3). このファントムを MRI スキャナーの RF コイル内の患者テーブルに置き, ゲル中に沈める前に光ファイバー温度プローブ (直径1 mm) を機器に装着します. プローブは, MRI スキャン中にデバイスが経験する温度変化を測定します. このような物理実験はよく行われますが, いくつかの潜在的な問題をはらんでいます. 例えば, ファントム内の動きによって実験に不確実性が生じたり, プローブの配置が不正確だと結果が不正確になったりすることがあります. さらに, 構造材料とその磁化率によっては, 磁力も問題になる可能性があります (文献4).

図2. MRI を用いた物理テスト (左) と仮想テスト (右) で使用した ASTM F2182 規格.

このような問題に対処するため MED Institute のチームは, 物理的なテストに代わるものとして, 計算機によるモデリングとシミュレーションを使用しています. MRI 安全性評価とエンジニアリングシミュレーションのディレクターである David Gross, PhD, PE は, 物理ベースの問題をより深く理解するためにシミュレーションを使用するアナリストのチームを率いています. シミュレーションでは, 対象体積内の任意の場所で 3D 温度コンターが得られます. 離散的なポイントプローブ測定に制限されることはなく, 機器の不正確さや実験によるプローブ配置の不確実性を心配する必要はありません”と述べています.

研究チームはこれまで, 患者をコンパクトなチューブに収納するクローズドボア MRI システムでこのシミュレーションを実行してきました. 現在, MED Institute のウェブサイト (文献5) で説明されている "小児, 肥満, 老人, 閉所恐怖症の患者の撮影" に有効な, 物理的なアクセスが広いオープンボア型装置 (図3) についても, シミュレーションで同様の解析を行っています.

図3. オープンボア MRI システム (左), IT'IS 財団 の Duke 仮想人体モデルによる RF ボディコイル (中央), ASTM ゲルファントムにおける膝インプラントの RF ボディコイル (右).

RF 誘導加熱のためのマルチフィジックスシミュレーション

COMSOL Multiphysics® を使用することによって, MED Institute はインプラントの RF による温度上昇を評価し, 製品群内の様々なサイズや構造のデバイスの結果を比較し, ワーストケースの構成を決定することができます. MED のアナリストは, COMSOL Multiphysics® のアドオンである CAD インポートモジュールを使用し, クライアントのデバイスの CAD ファイルをインポートすることができます. RF による発熱について, チームは RF モジュールと熱伝達モジュールのアドオン製品を使用し, 電磁気学と過渡熱伝達のフィジックスを組み合わせています. 電磁気学の解析では, RF モジュールを使用することで, 電磁場の影響を受けるモデル内のすべての点で, マクスウェル方程式を使用して波動方程式を解くことができます. これは, 定常状態の周波数領域で行われ, その後, 周波数領域は過渡熱伝達に順次カップリングされます. 熱伝達モジュールを使用すると, 熱伝達方程式を解くことも可能です.

以下の例では, MED Institute が膝関節インプラントの CAD ファイルを COMSOL Multiphysics® ソフトウェアにインポートしたものを示しています. インプラントのジオメトリには, ステムエクステンション, 脛骨トレイ, 大腿骨トレイ, およびその他の部品が含まれていました. これらの部品はすべて様々なサイズを持ち, 様々な方法で組み立てることができ, インプラントを装着した患者は, 異なる電磁場を生成する様々な MRI システムでスキャンすることができます. これらの変数が生み出す可能性のある順列が圧倒的に多いため, どの構成がワーストケースの RF による加熱をもたらすかは, 明確でないことが多いです.

“ここで, シミュレーションの出番となるわけです. 特定のインプラントの共振を変化させる可能性のある主要な要因に焦点を当てます”と Gross 氏は述べています. COMSOL® ソフトウェアを使用することで, 組織は, 共振が予想される相対的な範囲や, 異なる電磁場下でのデバイスの挙動をよりよく理解することができます. これは感度解析の実行に役立ち, ステムやインプラントの他の部品の直径を変更するなどして, チームは共振の変化を引き起こす原因を調べることができます. 今回のケースでは, 何百回ものシミュレーションを行い, ワーストケースのデバイスのサイズと RF 周波数を決定しました.

ワーストケース解析の利用は, 検証プロセスにおいて非常に重要です. なぜなら, メーカーは, 1つの製品のすべてのバリエーションについて物理テストを行うのではなく, 幅広いデバイスについて異なる要因 (例えば, どのサイズが最も複雑になるかの判断) をテストすることができるからです (文献6). “複数の物理的なテストを行うことは, 特に物理的な MRI スキャナーを使用する時間当たりのコストを考慮すると, 非常に高価で時間がかかります”と Gross 氏は言います.

図4. オープンボア (左) とクローズドボア (右) のシミュレーション結果を比較したゲルファントムに埋め込まれた膝関節インプラント.

図4 に示しているように, ゲルファントム内の1.2 T オープンボアシステム (左上) と1.5 T クローズドボアシステム (右上) では, 電場が大きく異なることがわかります. 膝インプラントを両方のシステムでシミュレーションしたところ, ステム先端部での共振と最大温度上昇が異なる結果となりました (下画像).

COMSOL® を使用することで, チームは電磁場下でのデバイスの挙動をより深く理解することができました. この結果を受け, チームは温度プローブをどこに配置すべきかを決定し, 実際の MRI システムでデバイスを物理的にテストして温度上昇の結果を得ることができました.

MED Institute のバーチャル MRI 安全性評価, FDA 認定を取得

MED Institute は, 医療機器の RF による発熱をシミュレーションで検証した経験から, 製品開発サイクルを加速する有望な新シミュレーションツールの開発に成功しました. MED Institute のチームは, このシミュレーションツールを FDA の医療機器開発ツール (MDDT) プログラムに提出しました. このプログラムを通して, FDA は医療製品および研究を促進する目的で新しいツールを評価しています. FDA のウェブサイトに記載されているように, “MDDTプログラムは, 医療機器のスポンサーが医療機器の開発および評価に使用できるツールを FDA が認定するための方法です” (文献7). 認定されたツールは, FDA によって正式な MDDT として認められます.

2021年11月, MED Institute は MDDT "医療機器の仮想 MRI 安全性評価" の FDA 認定を取得しました. それは, マルチフィジックスモデリングとシミュレーションを使用し, MRI 環境における医療機器の相互作用をテストする評価プロセスです. このツールは, MRI システムの RF コイル, ASTM ゲルファントム, ゲル内に設置された医療機器のモデリングに使用されます. そして, シミュレーションを用いて, デバイスの周囲で発生する電磁気学と熱を解析します (文献8).

テスト終了後, デバイスのラベリングは ASTM 2503, または電気的に活性なインプラントの場合は ISO 10974テストで表現されます. このラベリングは, MRI 技師や放射線技師がデバイスを埋め込んだ患者の関連情報を確認できるように, デバイスのパッケージや使用説明書 (IFU) 内に貼られます.

“MDDT を使えば, 物理的なテストを補強するだけでなく, 場合によってはシミュレーションに置き換えることさえできます”と Gross 氏は言います.

図5. MED Institute は, COMSOL Multiphysics® ソフトウェアを使用して, 顧客のための製品開発サイクルを加速しています.

FDA によるモデリングとシミュレーションのサポート

MED Institute は長年にわたり, COMSOL Multiphysics® シミュレーションを用いて, 多くの医療機器の MRI 安全性を評価してきました. その結果, COMSOL® は複雑なマルチフィジックス問題を求解するための強力かつ効率的なプラットフォームであることがわかりました. “シミュレーションに頼ることができるため, お客様は製品をより早く, より低コストで評価できるようになりました. RF による発熱をテストするために実際の製品を送ってもらう手間が省けるのです”と Gross 氏は言います.

FDA は計算モデリングを支持しており, 物理的なテストの代わりにシミュレーションによるデータを評価し, 受け入れることに積極的です. “医療機器のスポンサーにとって, FDA の奨励と支援があることを知ることは重要です”と Gross 氏は述べています. MED Institute は, 患者の利益のために長年 FDA と協力する機会に恵まれています. “これは, FDA がモデリングとシミュレーションの力を信じ, 期待してくれていることを示しています”と Gross 氏は付け加えます.

  1. "Thermal Injuries," Questions and Answers in MRI; https://mri-q.com/rf-burns.html#:~:text=Antenna%20effect.&text=Antennas-produce-standing-wave-patterns,likely-to-create-heating-problems
  2. D. Gross, "Top 10 Challenges for MRI Safety Evaluation," MED Institute Inc., June 2020; https://medinstitute.com/blog/top-10-challenges-for-mri-safety-evaluation/
  3. "Medical Device MRI Safety Testing," MED Institute Inc., April 2016; https://medinstitute.com/blog/medical-device-mri-safety-testing-where-should-a-hip-implant-be-placed-in-an-astm-f2182-test-to-measure-the-maximum-rf-induced-heating/
  4. "Keynote: RF-Induced Heating of Medical Devices in Open-Bore MRI," COMSOL; https://www.comsol.com/video/keynote-rf-induced-heating-of-medical-devices-in-open-bore-mri
  5. "Radiofrequency-Induced Heating in Open Bore MRI," MED Institute Inc., Aug. 2020; https://medinstitute.com/download/radiofrequency-induced-heating-in-open-bore-mri/
  6. "The Worst-case Scenario," Packaging Compliance Labs; https://pkgcompliance.com/the-worst-case-scenario/
  7. "Medical Device Development Tools (MDDT)," U.S. Food and Drug Administration; https://www.fda.gov/medical-devices/science-and-research-medical-devices/medical-device-development-tools-mddt
  8. "MDDT Summary of Evidence and Basis of Qualification Decision for Virtual MRI Safety Evaluations of Medical Devices," Apr. 2021; https://www.fda.gov/media/154181/download