微量汚染物質分解のための小型廃水処理プラントの設計

世界の湖, 川, 小川では, 毎日のように微量汚染物質が発生しています. 従来の廃水処理プラントの多くは, これらの潜在的に危険な化学物質の残留物を廃水から除去する機能を備えていません. フランスのパリに拠点を置くディープテック企業である Eden Tech は, マルチフィジックスシミュレーションを利用して, この新たな問題を解決するための装置を開発しています.


By Rachel Keatley
2021年10月

1985年に放映されたテレビドラマ 冒険野郎マクガイバー は, 近くにあるものを使って問題を解決する秘密工作員, アンガス・マクガイバーの人生を描いた作品です. 例えば, あるエピソードでは, 使用済みの冷蔵庫の部品を使ってヒートシールドを作りました. また, キャンディーの包み紙で釣りのルアーを作るというエピソードもありました. この番組の教訓は, 30年以上経った今でもなお生きています. マクガイバー という動詞は, 2015年にオックスフォード現代英英辞典に追加されましたが, これはその場しのぎで何かをデザインするという意味です.

あなたのマクガイバースキルを試してみてください. もしCDを手渡されたら, それを使って何を作りますか? 反射壁アート, モザイク装飾, または風鈴などでしょうか. ミニチュアの水処理プラントはどうでしょう?

これは, マイクロ流体技術の開発を専門とする Eden Tech 社でエンジニアと研究者のチームが行なっていることです. 同社の研究開発部門である Eden Cleantech では, 小型で省エネの水処理システムを開発し, 廃水中の微量汚染物質の増加に対応しています. Eden Tech 社では, CDを使用したAKVOシステム(ラテン語で水を意味する アクア から名付けられた)の性能を解析するために, マルチフィジックスシミュレーションを採用しました.

新たに懸念される汚染物質

Eden Tech 社の上級化学エンジニア兼最高製品責任者である Wei Zhao 氏は, 「微量汚染物質が廃水に混入する方法はさまざまです」と述べています. このような微細な化学物質が世界中の廃水に増加しているのは, 人間の日々の活動の結果です. 例えば, 石鹸で手を洗ったり, 掃除用具で洗面台を拭いたり, 薬を体外に流したりする際に, さまざまな化学物質が排水口に流され, 下水道にたどり着きます. これらの化学物質の中には, 微量汚染物質, または新たに懸念される汚染物質(CEC)に分類されるものがあります. 水路に微量汚染物質が増えているのは, 家庭廃棄物に加えて, 農業汚染や産業廃棄物も原因となっています.

残念ながら, 従来の多くの廃水処理プラント(WWTP, 図1)は, これらの汚染物質を除去するように設計されていません. そのため, これらの汚染物質は, 川, 小川, 湖, さらには飲料水など, さまざまな水域に再び運ばれることが多いのです. それらが人間や環境の健康に及ぼすリスクは完全には解明されていませんが, 世界中の水域で見られる汚染物質の数が増えていることは懸念されています.

図1. 従来の水処理プラントでは, 微量汚染物質を除去することができません. 画像提供: Ivan Bandura. Unsplash から引用.

この問題を解決するために, Eden Tech社はAKVOを開発しました. AKVOのCDコアは, 直径15cm, 厚さ2mmの大きさに設計されています. 1つのAKVOカートリッジは, 様々な数のCDを積み重ねて構成されており, それらを組み合わせることで小型化された工場を作成します. 1枚のAKVOコアで0.5~2m3の水を処理するので, 10,000枚のCDで構成されたAKVOシステムで平均的な地方自治体のニーズを処理できることになります. さて, ここで疑問が生じます. CDを使った装置でどうやって水を除染するのでしょうか?

持続可能な廃水処理方法

単一のAKVOシステム(図2)は, カスタマイズ可能なカートリッジに, マイクロチャネルネットワークが刻まれたCDを積層したものです. このシステムは, マイクロチャネルネットワーク内で水を循環させることにより, 微量汚染物質などの廃水中の望ましくない要素を除去します. これらのネットワークは, 大量の水を循環させて洗浄するのに小さなポンプしか必要としないため, エネルギーを節約できます. AKVOシステムのカートリッジは簡単に交換することができ, Eden Tech 社がそのリサイクルを行っています.

図2. AKVOの全コンポーネントを表示したもの.

AKVOの革新的なデザインは, 光触媒とマイクロ流体力学を1つのコンパクトなシステムに統合したものです. 光触媒とは, 高度な酸化プロセス(AOP)の一種であり, 廃水から微量汚染物質を迅速かつ効果的に除去する方法です. 光触媒は, 他のAOPと比較して, 光源を利用しているため, より安全で持続可能な方法と考えられています. 光触媒作用では, 電子正孔対を生成する能力を持つ光触媒に吸収され, 対象となる汚染物質と反応してそれらを分解するフリーヒドロキシルラジカルを生成します. 廃水処理のための光触媒とマイクロ流体力学の組み合わせは, これまでに行われたことがありません. 「これは非常に野心的なプロジェクトです」と Zhao 氏は言います. 「環境に優しく, 効率的な廃水処理方法を提供するために, 革新的な方法を開発したかったのです」. AKVOの現在の設計は簡単なものではなく, Zhao 氏と彼のチームは途中でいくつかの設計上の課題に直面しました.

設計上の課題の克服

使用時には, 化学剤(触媒)と廃水がAKVOのマイクロチャネルの壁を介して分散されます. 触媒(この場合は二酸化チタン)の目的は, 微量汚染物質と反応し, それらの除去を助けることです. しかし, AKVO の高速流量は, この作用を複雑にします. 「大きな問題は, (AKVOには)流速の速いマイクロチャネルがあり, チャネルの壁の1つに化学剤を入れても, 廃水中の微量汚染物質が化学剤と効率的に反応できない場合があることです」と Zhao 氏は述べます. そこで Zhao 氏のチームは, 微量汚染物質と固定化された化学剤の接触の確立を上げるために, AKVOのマイクロチャネルネットワークに千鳥式ヘリングボーンマイクロミキサー(SHM)のデザインを採用しました(図3).

図3. AKVOのマイクロチャネルネットワークのジオメトリの一部.

微量汚染物質を分解するための化学反応をサポートするSHMデザインの性能を解析するために, Zhao 氏は COMSOL Multiphysics® ソフトウェアを使用しました.

微量汚染物質分解のための化学反応のシミュレーション

Zhao 氏は, COMSOL Multiphysics® を用いて, 明示的表面吸着(ESA)モデルと変換表面濃度(CSC)モデルという2つの異なるモデルを構築しました(図4). これらのモデルは, いずれも化学現象と流体現象を考慮しています.

図4. COMSOL Multiphysics® で Zhao 氏は, 化学, 希釈種輸送, 層流, 反応流, 希釈種のインターフェースを使用しました.

どちらのモデルでも, AKVOのSHM構造が, AKVOを通過する流れに渦を発生させることで, 微量汚染物質と化学剤の反応期間が長くなり, 各流体層間の物質移動が促進されることを Zhao 氏は発見しました. しかし, ESAモデルの結果では, 処理中の微量汚染物質の浄化率は50%程度で, Zhao 氏の予想よりも少ない結果となりました.

図5. 明示的な表面吸着モデルの結果.

ESAモデル(図5)とは異なり, CSCモデルでは, 吸着制限がないと仮定しています. したがって, 微量汚染物質が触媒の表面に到達する限り, 反応が起こることは既存の文献でも説明されています(参照1). このモデルでは, Zhao 氏は, ゲムフィブロジル, シプロフロキサシン, カルバマゼピン, クロフィブリン酸, ビスフェノールA, アセトアミノフェンなど, 6つの異なる微量汚染物質の分解に対して設計がどのように機能するかを解析しました(図6). このモデルの結果は Zhao 氏の予想通りで, 95%以上の微量汚染物質が処理されていました.

図6. 6つの異なる微量汚染物質の光分解に対するSHM設計の性能の比較.

「 COMSOL Multiphysics® の結果には本当に満足しています. 私の次のステップは主に, (AKVOのプロトタイプの)実験室でのテストです. 2022年の初めには最初のプロトタイプが完成する予定です」と Zhao 氏は述べます. このプロトタイプは最終的に, 南フランスの病院や水処理施設でテストされる予定です.

このプロジェクトにシミュレーションを利用することで, Eden Tech 社のチームは時間と費用を節約することができました. AKVOのようなマイクロ流体システムのプロトタイプの開発にはコストがかかります. AKVOの4インチCDにマイクロチャネルネットワークを刻印するためには, マイクロチャネルのフォトマスクが必要です. Zhao 氏によると, フォトマスクを1枚製作するのに約3000ユーロ(3500米ドル)かかります. そのため, 製作前に自分たちのシステムが正常に機能することを確信していることが非常に重要なのです. 「 COMSOL Multiphysics® は, モデルと設計の検証に非常に役立ちました」と Zhao 氏は述べています.

微量汚染物質の処理における先駆者

2016年, スイスでは, 廃水処理プラントが廃水から微量汚染物質を除去することを義務付ける法案が導入されました. その目標は? スイスの100以上の廃水処理プラントで, 80%以上の微量汚染物質をろ過することです. スイスに続いて, 他の多くの国でも, 水路の中で増加しているこれらの汚染物質をどのように処理するかを検討しているところです. AKVOは, この問題を解決するための, コンパクトで環境にやさしい方法を提供しています.

今度, 古いCDやその他の家庭用品を捨てるときは, ご自分に問いかけてみてください. マクガイバーならどうしますか? あるいは, Eden Tech ならどうしますか? あなたは, 彼らの次の革新的なデザインの鍵を持っているかもしれません.

参考文献

  1. C. S. Turchi, D. F. Ollis, “Photocatalytic degradation of organic water contaminants: Mechanisms involving hydroxyl radical attack,” Journal of Catalysis, Vol. 122, p. 178, 1990.

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