ツインバッテリアプローチで EV 開発を推進

IAV 社は, エネルギー効率, エネルギー密度, そして環境への配慮を考慮し, 相補的なナトリウムイオン電池と固体リン酸鉄リチウム電池の技術をツインバッテリシステムに組み合わせました. このシステムは, マルチフィジックスシミュレーションによって最適化, 検証されており, 自動車メーカーと電池設計者に新たな可能性をもたらします.

Joseph Carew 著
2025 4月

従来の電池製造に必要な気象原材料の使用を避けつつ, エネルギー密度を犠牲にしないことは, 世界の電動化を目指す企業にとって大きな目標です. リチウムイオン電池は, 今日のほとんどの電気自動車 (EV)1 の動力源となっていますが, 高コストに加え, 持続可能性と環境への懸念も伴います. 電池業界のエンジニアや開発者は, これらの懸念に対処し, コストを削減しながら, ほとんどのリチウムイオン用途の要件を満たす新たなアプローチを見つけるため, 代替の化学組成と設計を研究しています.

IAV 社は世界最大級のエンジニアリング企業の一つです. 未来のモビリティを見据えた広範なポートフォリオにおいて, 電池開発は重要な役割を果たしています. 同社の技術コンサルタントである Jakob Hilgert 氏を含む IAV のエンジニアチームは, 適切なアプローチを採用すれば, より優れた電池設計を実現できると考えました. チームは, 既存の単一化学組成設計の成功要因と, それぞれの阻害要因に関する知見に基づき, 電池のエネルギー密度, 持続可能性, 熱管理の問題を解決する画期的なアプローチ, すなわちツインバッテリ設計を開発しました.

IAV のエンジニアたちは, リチウムイオンセルだけに頼るのではなく, 2種類の異なる電池化学を組み合わせることで, EV 用途に対応できる, より安価で環境に優しいシステムを構築できると考えました. このアプローチを念頭に, IAV 社はマルチフィジックスシミュレーションを活用し, ツインバッテリソリューションの設計と検証に成功しました.

リチウムイオン電池の問題点の回避

リチウムイオン電池 (図 1) は, 高いエネルギー密度2 のためによく使用されますが, その製造には環境への悪影響が伴う可能性があります. リチウムの露天掘りは, 植生を伐採し, 有毒な土壌を作り出し, 人や動物の病気のリスクを高める粉塵を放出します3. これらの電池の製造には多額の費用がかかり1, 比較的希少な材料に依存しています. IAV のエンジニアは, ツインバッテリアプローチに組み込む技術を選択する際に, これらの懸念を回避するよう努めました.

図 1. 修理工場におけるリチウムイオン電池.

"リサイクルと資源に重点を置いた電池に備える必要があります" と Hilgert 氏は述べました. "理論上可能な限り最高のエネルギー密度を持つセルを常に採用して, それを解決策として採用できるわけではありません."

IAV のチームは, ナトリウムイオン電池 (SIB) とリン酸鉄リチウム (LFP) 固体電池 (SSB) を設計に組み合わせることにしました. これは, これらの化学組成が互いに補完し合うという独自の特性を持つためです. SIB は通常, 従来のリチウムイオン電池よりも安価で, 調達の持続可能性が高く, リサイクルも容易です4. しかし, エネルギー密度は比較的低く, サイクル寿命も短い傾向があります. 一方, 従来の LFP は安定性と長いサイクル寿命で知られていますが, 従来のリチウムイオン電池と比較するとエネルギー密度が劣ります. 最後に, SSB は従来のリチウムイオン電池の化学組成よりも高いエネルギー密度を持つことで知られています. SIB と LFP-SSB を組み合わせることで, 理論的には環境フットプリント (図 2) が改善され, 製造コストが削減され, EV の駆動など要求の厳しい用途に適した比較的高いエネルギー密度を実現できる設計となるはずです.

図 2. ツインバッテリ方式で使用される2つのバッテリー技術の比較. 画像は IAV 提供, COMSOL による修正.

"自動車用電池の開発は急速に進んでいます. これは希少原材料の需要増加と密接に関連しています" と Hilgert 氏は述べています. "セルの化学組成の多様化は, 市場の変動に対応し, 同時にシステムコストを最小限に抑えるための有望なアプローチです."

熱適合性の実現

IAV 社のツインバッテリ設計は, SIB と LFP-SSB 間の熱適合性をテストするためにも開発されました. SIB からの廃熱を LFP-SSB に導くことで, LFP-SSB の固体セルを急速に活性化し, 最も性能を発揮する高温域まで押し上げる5 と同時に, SIB が最大動作温度を超えるのを防ぎ, システム全体のエネルギー効率を向上させるというアイデアでした.

"高温で動作するセルと低温で動作するセルがある場合, 高温で動作するセルの排熱を利用して低温で動作するセルを加熱します. その逆もまた有効です." と Hilgert 氏は述べています. "そのため, 低温状態を望むセルから高温状態を望むセルへエネルギーを移行する冷却システムを考案しました."

液体電解質を使用するセルは熱安定性に限界があり, 冷却が必要です (ナトリウムセルとリチウムセルの両方に当てはまります). また, 約 60°C を超える温度は避ける必要があります. 固体セルは固体電解質を使用しているため, より高温で動作できますが, 使用可能なイオン電導性に達するには高温が必要です. したがって, このコンセプトでは SIB セルは冷却が必要であり, SSB セルは加熱が必要であり, 両方のセルは相互の熱交換から恩恵を受けます. IAV のエンジニアは, 特にこの相互作用が最適化における大きな課題となることを認識しており, 複雑さを軽減するにはモデリングとシミュレーションが不可欠だと感じていました. そこで, チームは COMSOL Multiphysics® ソフトウェアを採用しました.

電池システムの設計

IAV 社は10年以上前に, 設計ワークフローの改善を目的として COMSOL Multiphysics® ソフトウェアを導入しました.

"私たちは, 様々な専門分野ごとに膨大な数の専用ツールを使用していました" と Hilgert 氏は言います. "電池の開発を始めたとき, 'これらすべての分野に対応できる1つのツールが必要だ' と考えるようになりました."

このプラットフォームの包括的なワークスペースにより, IAV 社はクライアント向けに不要なプロトタイプを作成することを避け, 設計を容易に最適化することができます. ツインバッテリモデルを使用することで, IAV のエンジニアは様々なパラメーター (例えば, 特定の回路の冷却に影響を与えるパラメーターや, 特定の温度におけるセルの最大出力など) を微調整し, 設計を変更することで, 実際の製品が可能な限り効率化されるようにすることができます. "これらのパラメーターをすべて推測する必要がなくなるため, プロトタイプの技術完成度は大幅に向上します" と Hilgert 氏は述べています.

電池モデリングはマルチフィジックスを扱うため, COMSOL® ソフトウェアの機能はツインバッテリシステム (図 3) 開発プロジェクトに最適でした. 実際に動作する電池を設計するには, 適切な熱管理, 各セルの材料がモジュール内でどのように機能するかについての理解, 電池内部のプロセスにおける圧力変動に関する知識, そして全体の電気化学的理解が必要です.

"高度に統合されたモデルベース開発プロセスを用いることで, 様々なセルの化学組成, 設計, 冷却コンセプトの可能性を調査できます" と Hilgert 氏は述べています. "これにより, 物理的なプロトタイプの必要性が軽減され, 自動車用途の一般的な要件に合わせて性能を最適化することができます."

図 3. COMSOL モデルに現れる2つのバッテリー技術. 画像は IAV 提供, COMSOLによる修正.

加熱, 冷却, 設計最適化

IAV のエンジニアは, マルチスケール, マルチドメイン連成シミュレーション (図 4) を用いて, ツインバッテリコンセプトの性能を検証しました. チームは, コンセプト開発中に設計が期待通りに機能することを発見し, より優れた電池設計への道筋を切り開きました. モデルは, 固体セルの非常に高速なオンデマンド起動と, SIB (固体セルベース) の廃熱による部分的なプリコンディショニングを示しました. チームは2つのセルの熱管理を最適化し, 寒冷条件下での SSB 起動に必要な時間とエネルギー入力を短縮しました.

"シミュレーションによって, 私たちが考えていたことが実際に実現可能であることが示されました" と Hilgert 氏は述べています. "廃熱は実際には冷却システムによって輸送され, その熱量は電池のほかの部分を加熱するのに十分な量です."

図 4. 1つのシステムとして機能する2つのバッテリ技術. 画像は IAV 提供, COMSOL による修正.

IAV 社は, 仮想プロトタイプとして機能するモデルを用いて, 複数のシナリオを実行し, 様々な周囲条件やパラメーター選択に対する感度レベルを比較することができました. チームは, 3Dセル温度分布, 擬似2D (P2D) 電気化学モデリング, 1D冷却回路ダイナミクスを包括的な伝導パワートレインモデルに統合することに成功しました.

アプリによるツインバッテリモデルの民主化

IAV 社のシミュレーション専門家は, 顧客向けにホワイトボックスモデルを開発した後, COMSOL Multiphysics のアプリケーションビルダーを使用して, その機能をシミュレーションアプリにパッケージ化します. これは, 入出力が制限されたカスタム構成のユーザーインターフェースで, 顧客は社内で異なる分野の同僚に配布し, それぞれの状況でシミュレーションを実行し, 結果を評価することができます. アプリのユーザーは, 詳細な知識を必要としません. "こうしたシミュレーション作業を, 普段モデリングを行わない人々に広めたい" と Hilgert 氏は言います.

“まずは基本機能から始めて, 全員に配布すれば, 誰も問題なく使えるでしょう. 後から, より詳細な機能が必要になった場合は, アプリケーションに合わせてアプリを拡張し, 物理特性, オプション, ボタンなどを追加していくことができます" と Hilgert 氏は語ります.

IAV 社のエンジニアは, COMSOL Compiler™ を使用してシミュレーションアプリをスタンドアロンの実行ファイルに変換し, 基盤となるモデルのホワイトボックス版と一緒に顧客に送付しています. 顧客は COMSOL ライセンス (図 5) なしでアプリを実行できます. これにより, 分散開発環境でのシミュレーション実行が容易になります. ツインバッテリ設計の場合, 冷却システムエンジニアは COMSOL ライセンスなしで並列最適化計算を実行できます. シミュレーション結果へのアクセスが合理化されることで, 開発プロセスが効率化され, 社内および IAV の顧客の間でモデルベース開発の受け入れが大幅に向上しました.

"COMSOL Compiler を配布オプションとして利用できることは, 私たちの仕事にとって大きなメリットです" と Hilgert 氏は言います. "ライセンスを待つことなく, アプリをコンパイルして他の人に作業を任せるだけで, 独自のモデルをシミュレーションやプロファイリングテストに使用できます."

COMSOL ソフトウェアの API を活用し, IAV が構築するアプリをリモート制御するために, Java コードのインターフェースが使用されています. このリモート制御により, ユーザーは反復的なモデリング手順を自動化できます. また, チームはファンクショナルモックアップユニット (FMU) インターフェースも実装しており, サードパーティ製ソフトウェアの車両シミュレーション環境と連携させてコシミュレーションを実現しています.

ツインバッテリアプリのユーザーには, 電圧, 充電状態 (SOC), 温度, 消費電力が電池管理システムと冷却システムへの入力として提供されます. 設計エンジニアはこれらのアプリを通じてセル内部の状態を確認し, 変化する電池性能を評価しながら冷却システムに変更を加えることができます.

図 5. アプリケーションビルダーと COMSOL Compiler™ を通じて IAV 社が作成したワークフロー.

社内でのアプリの使用

IAV 内で使用されるアプリは, 多くの場合, COMSOL Multiphysics® や外部ツールチェーンとのコシミュレーション用に設計されており, IAV の下層テストベンチインターフェースを介してルーティングされます. 図 6 は, コシミュレーションに使用されるバッテリモジュールアプリの例を示しています. このアプリは, 電流, 電圧, 温度などのモデルの内部状態に関する基本的なユーザーフィードバックを提供します. アプリの結果は, コシミュレーションフレームワーク内の他のプログラムにリアルタイムデータストリームとして提供され, そこで詳細な評価が行われます.

図 6. IAV 社のバッテリモジュールアプリでは, 出力グラフによって, 実行中のモデルの状態に関する視覚的フィードバックがユーザーに提供されます. 画像は IAV 提供.

より良い電池のための戦いに勝つ

IAV 社は, ツインバッテリ設計コンセプトが, 電池業界の他の企業にとって, たとえ相反する要求があったとしても解決策が存在することを示すショーケースになると期待しています.

"ツインバッテリアプローチは, 自動車メーカーや電池設計者に, 問題を解決するためのより多くの選択肢を定常します" と Hilgert 氏は述べています. "また, 全く異なる原理を持つ将来の技術を既存のフレームワークに統合する方法があることも示しています."

参考文献

  1. "Batteries for Electric Vehicles," Alternative Fuels Data Center (AFDC); https://afdc.energy.gov/vehicles/electric-batteries
  2. "Lithium-Ion Battery," Clean Energy Institute, University of Washington; https://www.cei.washington.edu/research/energy-storage/lithium-ion-battery/
  3. "Environmental Impacts of Lithium-ion Batteries," UL Research Institutes,16 Mar. 2022; https://ul.org/research-updates/environmental-impacts-of-lithium-ion-batteries/
  4. "Sodium-Ion Batteries,” Battery Research & Innovation Hub; https://batteryhub.deakin.edu.au/battery-storage/sodium-batteries/
  5. D. Murden, "LiFePO4 Battery Operating Temperature Range: Safety, Precautions, and Common Mistakes," Eco Tree Lithium, 24 Apr. 2023; https://ecotreelithium.co.uk/news/lithium-iron-phosphate-battery-operating-temperature-range/
  6. M. Sens et al., "Towards a Sustainable Vehicle Concept Part 1: The High-Voltage Battery – Technologies and Methods," Austrian Society of Automotive Engineers, 2023; https://oevk.at/en/papers/189d672b-9b1f-4aa3-ba4f-3915871336e3

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