電力システム向け高電圧スイッチの技術革新

Pinggao Group 社では, 安定したエネルギー貯蔵を確保するためにシミュレーションを活用しています. 同社では, マルチフィジックスシミュレーション, シミュレーションアプリ, デジタルツインを活用して, 電力システム機器の設計に対する理解を深め, 性能の向上に取り組んでいます. また, シミュレーションアプリは社内のエンジニアリングチームで数千回ダウンロードされ, 広く活用されています.


Renji Hao 著
2025年11月

電力システムは, 現代社会を支える基盤を構成しています. これらの複雑なシステムには, 発電, 送電, 変電, 配電, さらに電力の過負荷保護に使用されるさまざまな機器が含まれています. 高電圧スイッチ (図 1) は, 電力システムを運用する上で重要な構成要素であり, 異なる地域や機器の電力消費需要に応じて電力を分配, 制御するため, 定格電圧範囲内で回路を開閉または切り離すことができます. また, 極めて高い電圧や大きな電流サージに耐えるだけでなく, 電力網の正常な機能を維持するために, 長期間にわたって安定して動作することも求められます.

図 1. ガス絶縁高電圧スイッチ.

高電圧スイッチの内部電圧は最大 1100 kV に達することがあり, 100 kA を超える電流を極めて短時間で遮断できなければなりません. 電流を遮断する過程では, 最大 100 MW のエネルギーを持つアークが発生し, 放電, 発熱, アブレーションなどのさまざまな物理現象を伴います. そのため, 高電圧スイッチの絶縁設計には大きな課題があります. Pinggao Group 社の基礎技術研究所所長である Wang Zhijun 氏は, “実験に基づく従来の設計手法はコストと時間がかかり, 1回の実験試験に約1,000万人民元 (約140万米ドル) が必要で, 数週間を要します” と述べています. さらに, 電気信号の測定は機器の高電圧の影響を受けやすく, 不正確な結果につながることがあります. このような手法では, もはや高電圧スイッチの研究開発ニーズを満たすことができません. こうした課題に対応するため, Zhijun 氏と Pinggao Group のチームは, プロセスと設計を改善するためにシミュレーションを活用しています.

Pinggao Group Co., Ltd. は State Grid Corporation of China の子会社であり, China Electrical Equipment Group の重要な構成企業です. Pinggao Group 社は, 高電圧および超高電圧電気機器の開発と製造に注力しています. 同社の各チームはシミュレーションを活用し, 高電圧スイッチの性能に影響を与える要因を詳細に検討するとともに, スイッチ設計の最適化や機器の運転状態の予測を行っています.

絶縁破壊を回避するための高電圧スイッチ設計の最適化

高電圧スイッチを長期間運転すると, 絶縁ガス中の荷電粒子や絶縁材料中のキャリアが直流電界の影響を受けて一定方向に移動し, 最終的に絶縁体やその他の部品の表面に蓄積します. 蓄積した電荷が一定量に達すると, 部分放電現象が発生し, 絶縁破壊につながる可能性があります. これは, 高電圧スイッチの安全かつ安定した運転に大きな影響を与えます.

COMSOL Multiphysics® シミュレーションソフトウェアを使用して, Pinggao Group 社はさまざまな動作条件に適用可能な直流絶縁基準,ならびに 電界強度が集中する領域や絶縁上の弱点を特定しました. これらの情報は, 直流機器の絶縁設計において有用です. こうした情報を得る上で重要だったのは, 直流絶縁問題に関係する物理現象を検討することでした. このソフトウェアを使用することで, チームは電磁気, 熱伝達, 構造力学, その他の物理現象間のマルチフィジックス連成を評価することができました. また, シミュレーションを使用して, 直流電圧下におけるディスク型絶縁体の電界分布も調査しました.

この研究に基づき, Pinggao Group 社は世界初となる 1100-kV SF6 絶縁壁貫通ブッシングを開発しました. この壁貫通ブッシングは, 直流ケーブルが壁, 床, または建築構造物を貫通する際に, ケーブルを絶縁, 保護するために使用されます. この壁貫通ブッシングは5年間にわたって安全に運用されており, 電力伝送システムの容量, 効率, 安定性を大幅に向上させています.

荷電粒子の蓄積に加えて, 高電圧スイッチの絶縁破壊を引き起こすもう1つの要因が, 金属粒子の不可避な発生です. これらの粒子は, 高電圧スイッチの設置時に生じる摩耗, 高電圧スイッチの各種部品を収容するシリンダーの熱膨張と収縮, および長期間の運転によって発生します. 電界と絶縁ガスの流れ場が組み合わさった影響下での粒子の運動は極めて複雑で, 予測が難しく, 肉眼で観察することも困難です. これらの粒子が絶縁体表面に付着すると, 周囲の電界が変化し, ガス絶縁破壊を引き起こして絶縁体の絶縁性能に影響を及ぼします. こうした問題に対応するため, Pinggao Group 社はマルチフィジックスシミュレーションを使用して, 粒子に作用する力とその移動軌跡を評価しました (図 2).

粒子に作用する力をより詳しく理解するため, チームは重力, SF6 ガス抵抗, クーロン力, 電界勾配力, 摩擦力を考慮しました. 粒子の跳躍方向と変位をシミュレーションし, 粒子の質量, 形状, 跳躍高さの関係を調査しました. この情報は, 高電圧スイッチの絶縁性能に対する金属粒子の影響を最小限に抑えるために使用される粒子トラップ (図 3) の設計指針として活用されました.

図 2. 粒子トラップ付近に配置された金属粒子の移動軌跡のプロット.

チームは, さまざまな粒子トラップ設計について複数のモデルを作成しました. その後, 最適化されたトラップ設計が完成し, Pinggao Group 社のガス絶縁送電線 (GIL) 製品に適用されています. GILは, 大容量送電, 低電力損失, コンパクトな構造, 高い信頼性といった利点を備えているため, 高地, 低温, 長距離送電などの厳しい条件下での電力伝送に使用されています.

図 3. Pinggao Group 社が設計した金属粒子トラップ.

シミュレーションアプリが組織全体にもたらすメリット

高電圧スイッチの製品設計にマルチフィジックスシミュレーションを活用する中で, Pinggao Group 社は, マルチフィジックスシミュレーションモデルの開発と保守には, 製品の基礎となる物理原理やシミュレーションで使用される数値手法に対する深い理解が必要であることに気づきました. また, チームメンバーにはシミュレーションの使用方法に関するトレーニングが必要であり, 設計最適化では, シミュレーション担当者が反復的なモデリング計算を何度も実行する必要がありました. そこで Pinggao Group 社は, 設計プロセスを簡素化し, チームメンバーがシミュレーションをより理解しやすく, 使いやすくするため, 既存のモデルをベースに独自のカスタムシミュレーションアプリを構築することにしました. これらのアプリは, あらかじめ設定された数のパラメーターを備えた, 使いやすいユーザーインターフェースを備えています.

Pinggao Group 社は, COMSOL Multiphysics® のアプリケーションビルダーを使用して50を超えるシミュレーションアプリを開発しました. これらのアプリは COMSOL Compiler™ を使用してスタンドアロンの実行ファイルにコンパイルされており, 各チームが独立してアプリを実行できます. カスタマイズされたアプリはシンプルで使いやすく, 少数のパラメーターを入力してシミュレーション結果を得ることで, 新しい設計の実現可能性を迅速に検証できます. アプリは, 電磁加熱解析, 絶縁性能評価, 機械設計, 故障解析など, 幅広い重要技術分野をカバーしています.

Pinggao Group 社が作成したアプリの1つは, 電磁加熱によって高電圧スイッチのバスバーに生じる温度変化を計算するために使用されています (図 4). アプリに幾何寸法, 材料特性, 運転条件を入力することで, チームは磁束密度, 電流密度, 温度分布, 気流速度分布などの結果を計算できます. 運転条件下での温度上昇をシミュレーションすることで, バスバーが温度上昇に関する要件を満たしているかどうかを判断できます.

図 4. Pinggao Group 社が構築した High-Voltage Switch Busbar Electromagnetic Heating Simulation アプリ. 入力オプションとバスバーの温度の例を示しています.

“前処理と結果の可視化プロセスを自動化することで, 必要な作業量を大幅に削減し, 製品開発を迅速化できます” と Zhijun 氏は述べています. “長年にわたる製品開発で蓄積してきた豊富な経験や技術をシミュレーションアプリに組み込むことで, シミュレーションモデリングの過程における知識の壁や困難を取り除くことができます. これにより, 組織内のさまざまな部門のエンジニアや技術者が, 設計, 製造, 運転および保守の検証にシミュレーションをより容易に活用できるようになります.”

Pinggao Group 社は, “Simulation App Store” と呼ばれる社内のウェブブラウザを構築しました. ここでは, エンジニアがアプリへ簡単かつ迅速にアクセスし, シミュレーションデータや結果をアップロード, ダウンロードしたり, チーム内でプロジェクト情報を共有したりできます. このウェブブラウザでは, シミュレーションアプリが電界, 電力, 応力などの異なる設計パラメーターに基づいて分類されており, 各部門のユーザーが用途に適したカスタマイズ済みシミュレーションアプリを迅速に見つけられるようになっています. 現在までに, これらのシミュレーションアプリは社内のエンジニアリングチーム全体で数千回ダウンロードされています.

実世界の電力システムのデジタルツイン

電力機器では, 負荷条件の不確実性や運転環境の多様性があるため, 過去のデータだけに基づいて将来の機器性能を予測, 解析する方法では十分な精度が得られません. さらに, 電力機器の運転中には, 熱, 電気, 磁気などの異なる物理場が相互作用し, その影響を予測することが難しい場合があります. マルチフィジックスシミュレーションとオンライン監視データを組み合わせることで, 極めて忠実なモデルを構築し, それを電力機器と同期してリアルタイムに更新されるデジタルツインへと発展させることができます.

デジタルツインとは, センシング, コンピューティング, シミュレーションなどの情報技術を統合し, 物理空間と仮想空間の間で実スケールかつライフサイクル全体にわたる相互作用を実現するインタラクティブなマッピングモデルです. デジタルツインを使用することで, 物理対象の変化を解析し, より効果的な監視, 挙動予測, 最適化を行って, 機能面や用途面の要件を満たすことができます.

COMSOL® ソフトウェアを使用して, Pinggao Group 社は, 高電圧スイッチとして一般的に使用される金属封入ガス絶縁開閉装置 (GIS) の断路器設備を対象に, ライフサイクル全体のデジタル管理と状態逆推定を実現するデジタルツインモデルの構築に成功しました. Pinggao Group 社はこのデジタルツインを使用して, 高電圧スイッチの状態を診断, 評価できます. たとえば, 異常状態が発生した場合, デジタルツインを通じて問題箇所を特定し, 原因を突き止めることができます. これらのモデルは, 中国の送電システムの一部である Zhongzhou UHV Converter Station に導入されています.

高電圧スイッチのデジタルツインモデルは, センサーを介して電力機器からリアルタイムの運転データを収集し, そのデータを “GIS Isolation Switch Fast Simulation App with Local Overheating State Inversion Function” と呼ばれるシミュレーションアプリの入力として自動的に使用します. その結果, 高電圧スイッチ内の温度場と電界のシミュレーション時間は数秒まで短縮されました. 図 5 にはGIS断路器のデジタルツインモデルを示しており, 左側にリアルタイムの運転データ, 右側にシミュレーション結果が表示されています. シミュレーション結果は, 電力機器の運転状態の解析と監視に使用され, 状態逆推定や異常運転状態の特定を可能にします.

図 5. Zhongzhou Converter Station で使用されているデジタルツインへのマルチフィジックスシミュレーションの適用. Pinggao Group 社が開発したデジタル変電所プラットフォームのインターフェースを示しています.

Pinggao Group におけるシミュレーション活用の継続

Pinggao Group 社は, 製品設計者がより高性能な高電圧スイッチを開発できるよう, 今後もマルチフィジックスシミュレーションを開発プロセスに統合していく予定です.

“高電圧スイッチの開発で直面する重要な課題に対して, COMSOL ソフトウェア内で対応する機能や解決策を見つけることができ, 開発業務を大きく支えてきました” と Zhijun 氏は述べています. “シミュレーションアプリによって, 組織内におけるシミュレーション技術の活用範囲と価値はさらに高まりました.”

Pinggao Group 社はまた, エネルギー貯蔵や統合エネルギーシステムを含む再生可能エネルギー分野の開発において, シミュレーションのさらなる活用も検討していく予定です.