音の姿: エンクロージャーの設計がスピーカーの性能に与える影響を明らかにする

アリーナやコンサートホールの音響システムを手がける L-Acoustics 社. バスレフ型スピーカーの進化を加速させるために, エンクロージャーとベントがスピーカーの音響出力と品質に与える影響をシミュレートしました.


Alan Petrillo 著
2021年9月

ライブイベントは, 観客がショーの一部であるかのように感じられるとき, 最も印象深いものとなります. シンフォニー, オペラ, フットボールの試合, 音楽フェスティバルなど, どのようなイベントであっても, 観客のエネルギーがパフォーマンスと融合して一つのパワフルな体験となるはずです. 観客と心を通わせることはすべてのパフォーマーの目標ですが, もちろん彼らだけでそれを行うことはできません.

私たちが会場で見たり聞いたりするものは, 舞台係や舞台デザイナーなど, 多くの隠れた人々の手によってもたらされています. そして, 私たちの目がステージやセットに集中しているときでさえ, 私たちが見ることができないかもしれない多くの需要な機器があります - そう, 私たちは聞いています.

L-Acoustics はライブパフォーマンスの聴覚的なパワーを伝えることに専念するグローバル企業です. 一般的なコンサートファンやスポーツファンは L-Acoustics のことを知らないかもしれませんが, 同社のラウドスピーカー, アンプ, シグナルプロセッサーからの音を聞いたことがあるでしょう. フランスを拠点とする L-Acoustics は, 世界80カ国, 10,000以上の会場にサウンドシステムを提供しており, 世界トップ20の音楽フェスティバルの半数で同社の機器が使われています.

図1. L-Acoustics は多くのイベント会場で高品質なサウンドを提供しています.

卓越したパフォーマンスは技術への絶え間ない努力に根ざしています. L-Acoustics はこれらの多様なパフォーマンス空間に調和するように, 常に製品を磨き上げ, 改良し続けなければなりません. 例えば, スピーカーのエンクロージャーのサイズや形状は音質に大きな影響を与える可能性があります. 観客がパフォーマンスの音に没頭できるように, L-Acoustics のエンジニアはシミュレーションを用いて, エンクロージャーやベントの設計が音響出力とリニアリティに与える影響を明らかにします.

ライブの演奏者が音楽を生み出す正確な物理的動きを見せてくれるように, マルチフィジックスシミュレーションにより, L-Acoustics はバスレフ型スピーカーユニットの音を形成する力を見ることができます.

音をレーザーのように: L-Acoustics のビジョン

カリフォルニアのハリウッドボウルから日本のさくらホールまで, 多くの著名な会場で, 40年に満たない会社のサウンドシステムが採用されていることに驚かれるかもしれません. 物理学者の Christian Heil 氏が1984年に設立した L-Acoustics 社は, 1992年にラインソースアレイ技術 V-DOSC を発表し, 瞬く間にプロ用スピーカーシステムのグローバルスタンダードとなりました. ラインソースアレイは, レーザーが光を照射するのと同じように, 焦点を鋭く絞り制御された音を投射します. レーザーの潜在的なパワーはその精度と切り離すことができませんが, これはスピーカーにも当てはまります.

「私たちは可能な限り線形動作するラウドスピーカーエンクロージャーを作りたいのです」. L-Acoustics 社の音響研究責任者である Yoachim Horyn 氏は述べています. 「私たちは, 意図した周波数ではない, または, より高い周波数または高調波で放出されるエネルギーをすべて取り除こうとします. 入力パワーをいくら増やしても, 結果として得られる音は同じで, 音が大きくなるだけでよいのです」. 歪みは問題の一部に過ぎません. 非線形動作は, 放出する周波数での出力全体にわたる損失とともに発生する可能性があります.

図2. バスレフ型スピーカー.

スピーカードライバー自体の設計に加え, ハウジングまたはエンクロージャーの設計は, そのパフォーマンスにおいて重要な役割を果たします. 例えば, バスレフ型のエンクロージャーにはヘルムホルツ共鳴器と呼ばれるベントが設けられています. スピーカーハウジングの内容積を外気と接続することで, エンクロージャー内で放出されて失われるエネルギーの一部を回収することができます. これにより出力は向上しますが, 乱流が発生してスピーカーの出力が歪んだり, 最大で数 dB の重大な音響損失が発生したりする可能性があります. このようなリスクはありますが, 共鳴機の潜在的な利点は, 巨大な空間を音で満たすことを目指す L-Acoustics にとって重要なツールとなります.

「私たちのラウドスピーカーは非常に高い出力レベルで動作する必要があります」. Horyn 氏のチームの音響エンジニアである Yves Pene 氏は言います. 「誤った設計の共鳴器は, 乱流によって潜在的な出力の最大半分を失う可能性があるため, ベントが効率的に機能するように設計することが非常に重要です」.

木を切り, 粘土をこね, スピーカーに煙を吹き込む

「ここ年前, ベントの設計とテストは開発チームにとって課題でした」 と Horyn 氏は説明します. 「高いレベルで空気が変位する機能を備えたエンクロージャーによって生じる損失の量を, 正確に予測する方法がありませんでした」. このため, エンクロージャーや共鳴器のベントを調整するたびに, 木製プロトタイプを作ってテストしなければなりませんでした. 場合によっては, 粘土を使ってベントの開口部や内部通気経路の形状をただちに変更することもありました. これは時間がかかるうえ, 完成した物理プロトタイプでさえ, 必要なデータのすべてを得ることはできません.

図3. 音響損失測定のための屋外測定セットアップ. 矢印はマイクロホンの位置を示しています.

「音響損失や音響歪みの測定は興味深いものですが, それだけではどこに問題があるのかわからないことがあります」と Horyn 氏は言います. 「時には, エンクロージャーの一部やベントの一部など, 思いもよらないところから問題が発生することがあるため, 木製モデルでは, 問題がどこにあるのかを正確に示すことはできません」. L-Acoustics のチームはこの問題を回避するための興味深い方法を考え出しました. 「過去に行ったことがあるのですが, ボックスのパネルの一部を透明にし, スピーカーに煙を吹き込み, 乱流を確認できるようにしました」 と Horyn 氏は言います.

透明パネルは物理モデルをより役立つものにする可能性がありますが, プロトタイピングのプロセスは依然として大きな時間のロスとなっていました. 「モックアップを設計および製作する場合, 図面を引いてから実際に試すまでに数週間かかります」 と Horyn 氏は説明します. 「また, 私たちの設計にたどり着くまでに何度も作り直さなければならないこともありました」.

現在および将来のプロジェクトのためのシミュレーション

L-Acoustics チームの取り組みを木工作業ではなく音響工学に集中させるために, Yves Pene 氏はマルチフィジックスシミュレーションに目を向けました. 2020年に Audio Engineering Society で発表された研究論文 (参考文献) で説明されているように, 彼の目的は, 与えられたラウドスピーカー, エンクロージャー容積, ポート設計, を備えたベントポートシステムにおける非線形音響損失をモデル化して予測することでした. このシミュレーションには, ラウドスピーカードライバーの動きと, 乱流とそれに関連する現象を含む流体の動き, これら相互の影響が組み込まれています. Pene 氏は特定のスピーカーとエンクロージャーに対する4つの異なるスピーカーベント設計 (図4) の効果をテストするためのモデルを開発しました.

図4. ポートを備えた実験用ベンチレーションエンクロージャー (左) とテスト用にシミュレートした4つのベントデザイン (右).
図5. ベント設計ごとの一定時間における共振時の振幅速度.

このシミュレーション結果を検証するために, 取り外し可能なベントを備えたスピーカーエンクロージャーで実験を行いました. この実験では, シミュレーションの予測と非常によく一致する結果が得られました. 予測された音響損失の値は, 実際の試験の実測値と比べて1 dB 未満の差しかありませんでした. 「私たちはこの結果に非常に満足しています」 と Pene 氏は言います.

図6. 設計したポートを取り付けたエンクロージャーの音響損失をシミュレーションで予測した結果と, 物理的なプロトタイプの測定結果を比較.

Pene 氏のシミュレーションプロジェクトの成功によりプロトタイプだけでは得られなかった知見が得られました. L-Acoustics の研究開発ワークフローにシミュレーションを導入することで, 今後もさらなる効果が期待できます. チームの研究報告書で説明されているように, シミュレーションではエンクロージャーとベント設計を一体化した全体モデルに対する詳細な速度と渦度のマッピングが提供されます. これにより, モデル化されたサーフェスの各部分がどのように乱流を発生させ, 全体の音質に影響を与えるかについてのデータを得られます. この詳細な情報により, チームがこれまで考慮していなかった歪みの原因が明らかになりました.

例えば, 流体の動きのマッピングでは, エンクロージャー内におけるベントの位置が全体の流れに予想外に大きな影響を与えることがわかりました. このことから, ベントの形状だけではなく, その配置にももっと注意を払うべきだと考えました. シミュレーションによってチームはこの新しい方向性を見つけ出し, さらなる研究と改良につなげていきました.

シミュレーションを導入する前, L-Acoustics のエンジニアは物理モデルのテスト結果を見るまでに数週間を要していました. つまり, 最終的には使用されないデザインのモデリングに多くの時間が費やされていたのです. 現在, Horyn 氏の説明によれば 「シミュレーションは開発チームが日々アイデアをテストするために使用しています. プロトタイプを作成する前に新設計の効率を予測できます」. Pene 氏はさらに「今では試作品を作ればすぐに正しく動作すると確信できるようになりました」 とも述べています.

L-Acoustics のシミュレーションでより多くのエンジニアに力を与える

Yves Pene 氏がバスレフの設計にシミュレーションを活用することで, このプロジェクト以外にもチーム全体にメリットがもたらされています. 音響研究の仕事の一部は, 開発したツールを開発チームが効率的に使用できることを確認することです. COMSOL Multiphysics® に搭載されているアプリケーションビルダーを用いると, チームはモデルから特化したユーザーインターフェースを構築することができ, それを会社全体に広く配布できます. 「アプリケーションビルダーの使用頻度はますます高まっています」 とHoryn氏は言います. 「このプロジェクトの最後に音響工学チームが Yves 氏のマルチフィジックスモデルをベースにしたシンプルなアプリケーションを作成しました. 他の必要な値はすでに用意されているので, ユーザーはプロジェクトに必要な特定のパラメーターだけを定義します」.

図7. L-Acoustics の R&D チームのシミュレーションアプリケーション.

このアプリケーションは COMSOL Server™ デプロイメント製品を介して他のチームメンバーに配布され, ユーザーは自分でアクセスしシミュレーションを実行できます. Horyn 氏によれば, 「アプリ構築機能はリーズナブルなコストでシミュレーションを使用する人を増やすことができるため, 非常に便利です」.

練習, 練習, 練習: パフォーマンスの飽くなき追求

最高のプロフェッショナルサウンドシステムは, 見るのではなく聞くものです. しかし, 音楽を聴いている人と演奏者が一体となっているようなライブ感は, マイクやアンプ, シグナルプロセッサー, そして音で観客を包み込むスピーカーなど, 目に見えない多くの人の努力とその専門的なツールによって実現できるものです. L-Acoustics の音響エンジニアは, ミュージシャンと同様に, 優れたパフォーマンスは絶え間ない練習の上に成り立っていることを知っていて, 常にもっとできることがあると考えています. Yoachim Horyn 氏と Yves Pene 氏は, 設計の解析にシミュレーションを導入し, 現在はさらなる改良のためにシミュレーションを使用しています. 「素晴らしいことがおこる」.

L-Acoustics の Yoachim Horyn 氏 (左) と Yves Pene 氏 (右).

参考文献

  1. Pene, Y. Horyn, and C. Combet, “Non-linear acoustic losses prediction in vented loudspeaker using computational fluid dynamic simulation”, Audio Engineering Society, Paper 10359, 2020. https://www.aes.org/e-lib/browse.cfm?elib=20776