バイオメディカル業界における COMSOL Multiphysics® の8つの使用例

2021年 6月 10日

バイオメディカルアプリケーションは, 多くの場合, 機械式心臓ポンプインプラントからワクチン保管装置,血液分析装置に至るまで,その性質上マルチフィジックスです. そのため, マルチフィジックスシミュレーションは, バイオメディカルデバイスやプロセスの設計と解析の方法に革命をもたらすことができるのです. ここでは, 生命を救う革新的な設計を進めるために, バイオメディカル業界のエンジニアや研究者が COMSOL Multiphysics® ソフトウェアをどのように活用しているか, 8 つの実例をご紹介します.

1. 左心室補助装置

心不全, またはうっ血性心不全は, 米国だけでも600万人以上の成人が罹患しています. この一般的な病気は, 心臓が十分な血液と酸素を全身に送り出せなくなることで起こります. 心不全を緩和する方法の一つとして, 胸部に埋め込むことで循環をサポートする機械式ポンプである左心室補助人工心臓 (LVAD) があります. LVAD は, 通常, 心臓移植を待つ患者の治療に使用されるため, “移植への橋渡し”と呼ばれます. しかし, 基礎疾患のために心臓移植を受けることができない患者の長期的な治療オプションとして使用されることもあります.

予想される通り, LVAD は設計が複雑です. それらには, 次のような必要条件があります:

  • 正しく機能するための十分なパワー (~10ワット範囲)
  • 患者の胸の中に収まる大きさ
  • 人体に適合する素材の使用

Abbott Laboratories の研究者たちは, これらの品質をすべて備えた LVAD を設計するため, シミュレーションを使用しました. たとえば, LVAD の遠心ポンプの設計にCOMSOL Multiphysics が使用されています. LVAD を設計する際の一般的な課題であるポンプ周辺での血液凝固を防ぐために, 研究者はLVAD の設計に磁気浮上式ローターを組み込むことを選択しました. ソフトウェアを使用することで, 研究者はローターとLVAD内の乱流をモデル化し, 解析することに成功しました.

LVAD の磁気浮上式ローター (左上) とポンプ室 (左下) をシミュレーションしたもの. LVADの遠心ポンプのイメージ図 (右).
磁気浮上式ローターのシミュレーション (左上), ポンプ室内の流体の流れの CFD シミュレーション (左下), LVAD の遠心ポンプのイメージ図 (右).

さらに, 研究者はLVADのコントローラーの機械的衝撃解析を行い, その回復力を解析しました. コントローラーは, LVAD の性能の電力供給, 制御, および監視をサポートします.

“私は毎日 COMSOL Multiphysics を使用しています. 概念実証モデルから, 詳細な CAD ジオメトリと連成フィジックス を特徴とする非常に高度なシミュレーションまで, さまざまなモデルを作成しています. 複雑なモデルでは, 必要な情報をすべて取得するまでに数ヶ月間使用することもあります.”

– Freddy Hansen, Abbott Laboratories のシニア R&D エンジニア

2. ワクチンの保管

米国疾病対策予防センター (CDC) によると, ワクチンの保管は, 一般的に予防可能な病気や疾患の蔓延を緩和する上で大きな役割を担っているとされています. 残念なことに, 多くのワクチンは, その厳しい温度条件により, 腐敗し, 廃棄されています.

Global Good プログラムの一環として, Intellectual Ventures (IV) のイノベーターたちは, 世界のあらゆる地域にワクチンを安全に輸送するための受動的ワクチン保管装置 (PVSD) を設計しました. 使用時には, 1回分の氷でワクチンを 0℃ から 10℃ の間に保つことができるように設計されています. その筐体は, 反射性のあるアルミの薄い層, 低伝導性の空間, および非伝導性の真空空間からなる多層断熱材となっています. PVSD は外部からの電力を必要としません.

受動的ワクチン保管装置のモデル.
COMSOL Multiphysics による PVSD の熱シミュレーション.

研究者は, 設計段階で, サハラ以南のアフリカで見られる気温と同様の環境チャンバー内で, PVSD のプロトタイプ数種の性能試験を実施しました. PVSD システムの設計を最適化するために, 研究チームはプロトタイプを作成する前に, COMSOL Multiphysics とそのアドオンモジュール (“伝熱モジュール”および”分子流モジュール”など)を使用しました.

実験とシミュレーションを駆使して, チームは, 最長1カ月間ワクチンを低温に保てる輸送しやすい PVSD を設計し, 電気の限られた場所や電気のない場所でも, 世界のあらゆる地域にワクチンを安全に輸送できるようになりました.

3. アブレーション技術

2020年のデータによると, 肝臓がんは, 世界のがん関連の死亡原因の第3位で, 80万人以上の命が失われました. この病気には, 肝臓の腫瘍を切除せずに破壊できる低侵襲治療法であるアブレーションが用いられることがあります. 肝臓がんを治療するためのアブレーションには, 以下の2種類があります:

  • 針状のプローブを用いて高周波電流を流し, 腫瘍内のがん細胞を加熱して死滅させるラジオ波焼灼療法 (RF)
  • 針状のプローブで電磁波を送り, 腫瘍内のがん細胞を破壊するマイクロ波焼灼術 (MW)

このようなアブレーション治療を行う多くの医療専門家が直面する共通の課題は, これらの処置の効果に関するリアルタイムのフィードバックが得られないということです. この問題に対処するため, RF および MW アブレーション技術の主要開発企業である Medtronic 社の研究チームは, シミュレーションを使用して, 予測可能性と有効性を高めた新しいアブレーションプローブを設計しました. この研究では, COMSOL Multiphysics とアドオンの RF モジュールを使用して, プローブの放射および受信特性を最適化しました.

4. 老眼

加齢に伴い, 近くのものに目の焦点を合わせにくくなることがあります. この状態は老眼と呼ばれ, 65歳までに世界中のほとんどの人がかかるといわれています. 老眼の主な原因は, 目の中にある水晶体という小さな構造物の形が変化することです. この水晶体は, 若い頃は薄くて柔軟ですが, 時間の経過とともに徐々に厚くなり, 柔軟性も失われていきます. 矯正されない場合, 老眼は視覚障害の最も一般的な原因とされています.

この症状は, 眼鏡やコンタクトレンズ, またな単純な拡大鏡を使用することで軽減することができます. より集中的な治療法としては, 屈折矯正手術があります. しかし, これらの方法にはそれぞれ欠点と限界があります.

人間の目のオプトメカニカルモデル.
老眼の研究に使われる人間の目の模型.

老眼の研究を進め, 老眼の根本的な原因を治療するために, スイスに本社を置く医療機器メーカー Kejako 社の研究者たちは, 人間の目の 3D 機械モデルを作成しました. COMSOL Multiphysics を使用して, 人間の目の機械的要素と光学的要素の両方をモデル化することができました. このモデルの最終的な設計は, 老眼の自然な進行を正確にシミュレートしています. 

5. Linac-MR

カナダの Cross Cancer Institute の研究チームは, 人体内のがん細胞を画像化して治療できる革新的な装置を設計しました. この装置は”Linac-MR”と呼ばれ, 線形粒子加速器 (Linac) と磁気共鳴画像 (MRI) を1つのシステムに統合したものです. この装置は, 動いているかどうかにかかわらず, あらゆる腫瘍を標的として治療し, 腫瘍部位を囲む健康な組織を傷つけないように設計されています.

このハイブリッド装置の設計を最適化するために, 研究者は Linac-MR の最適な性能を妨げる物理現象を解析する必要がありました. そこで研究者たちは, マルチフィジックスシミュレーションに着目したのです.

Linac-MR configuration.
Linac-MR システムの構成.

研究チームが最初に行ったシミュレーションの1つは, 鋼鉄製の遮蔽板の最適な大きさを決定することでした. この遮蔽板は, Linac-MR で MRI の磁場から Linac を保護するために使用されます. COMSOL Multiphysics を使用して, 当初の設計の3分の1の大きさの, 半径30 cm, 厚さ6 cm の最適な遮蔽板を設計しました.

さらに, 研究者は, 10メガ電子ボルト (MeV) の電子ビームを発生させる Linac-MR を設計したいと考えていました. これによって, さまざまな種類のがんを治療することができるようになります. 当初, 10 MeV の電子ビームを発生させるためには, Linac には70 cm の導波管が必要であると見積もっていました. しかし, シミュレーションの結果, 30 cm の導波管で十分であることがわかりました. 導波管の長さを短くすることで, Linac-MR を設置する部屋を小さくすることができ, 時間と費用を節約することができました.

6. 血球計数検査

血液検査などの検体検査は, 今日の医療判断の 70% に影響するため, 絶対的な精度で設計することが最も重要です.

医療診断機器の世界的なサプライヤーである HORIBA Medical では, 血液学・臨床化学装置は次のような基準で設計されています:
 

  • 早さ
  • 精度
  • 大きさ
  • 使いやすさ

シミュレーションにより, HORIBA Medical はこれらの基準を満たすことができます.

ABX Pentra® シリーズアナライザーのアパーチャー電極システムの仕組みを示す図.
ABX Pentra® シリーズアナライザーのアパーチャー電極システムの説明図.

例えば, HORIBA Medical では, シミュレーションを使用して, 最先端の血球計数装置である Pentra® シリーズのマイクロアパーチャー–電極システムを強化することができました. COMSOL Multiphysics を使用して, 流体速度, 開口部の圧力損失, 熱伝導, 電場など, このシステムで発生するさまざまな複雑な物理的プロセスを解析しました.

“これは非常に小さなシステムであるため, 実験的に測定するのは非常に難しいのです. シミュレーションによって, 物理的なプロトタイプだけでは再現できないプロセスを改善することができるのです.”

– Damien Isèbe (HORIBA Medical の科学計算エンジニア).

7. セルソーター

The Technology Partnership (TTP plc) の研究者は, がんやその他のさまざまな病気の治療に使用できるマイクロ流体細胞選別デバイスを設計しました. 彼らの装置, 渦作動式セルソーター (VACS) は, 入力チャンネルを含み, 生体細胞を2つの出力チャンネルに選別するように設計されています:

  • 廃細胞
  • 対象細胞

VACSは従来のセルソーターと比較して, より速く, より持ち運びやすく (サイズは1 mm x 0.25 mm), 使いやすく, 使い捨てが可能です. また, 従来のセルソーターとは異なり, VACS は熱蒸気バブルパルス技術を使用して機能します.

渦作動セルソーターのコンポーネントを示す図.
渦作動セルソーターのコンポーネント

TTP チームによると, VACS の設計の全体でマルチフィジックス シミュレーションが必要だったそうです. たとえば, 彼らは, 流体力学モデルを使用して, デバイスの熱蒸気バブル技術の効果をシミュレーションおよび解析しました. このようにして, チームは世界最小のセルソーターの1つである VACS の実用的なプロトタイプを迅速に構築することに成功しました. また, シミュレーションは設計の妥当性を確認するのにも役立ちました.

8. 薬剤溶出性ステント

冠動脈狭窄症は, 心臓の動脈がプラークの蓄積によって閉塞することで発症します. 冠動脈狭窄症の患者には, 息切れ, 胸痛, ふらつきなどの症状が現れます.

この症状を治療するために, 医療専門家は小さな金属製のステントを使用して, 閉塞した動脈を開くようにすることがあります. しかし, 組織がステントの上で増殖し, その過程で動脈が再狭小化してしまうことがあります. この過剰な組織の成長を防ぐ方法の一つは, 薬剤でコーティングされ, 動脈内の細胞増殖を抑えるように設計された薬剤溶出ステントを使用することです. このステントの働きをより深く理解するために,医療機器の革新的な開発企業である Boston Scientific 社のエンジニアチームは,マルチフィジックスシミュレーションを使用しました.

プラークで閉塞した血管でのステントの働きを示す図.
プラークで閉塞した血管 (左上), プラークで閉塞した血管へのステント挿入と拡張(右上), 血管内で機能するステント (下) の図.

Boston Scientific の研究チームは, 薬剤溶出性ステントのコーティングの放出プロファイルをモデル化し, 調査しました. (放出プロファイルとは, 薬物コーティングが血管組織に溶解する速度のことです.) この研究は, 患者一人ひとりのニーズに合わせて制御可能な放出プロファイルを備えた薬剤溶出性ステントの設計に役立ちました.

COMSOL NEWS: バイオメディカル特集

ここで紹介した8つの事例と, さらに4つの事例については, バイオメディカル業界向けの特別版COMSOL Newsで詳細をご覧ください. 

ABX Pentra および Pentra は, HORIBA ABX SAS の登録商標です.

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